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振り返ると [こころのこと]

ちょっとひとりごと。






自分が病気で最も具合が悪かった時期に、
どれだけ多くの人たちに、迷惑をかけてきたことだろうと思い返すようなことがあった。

病気の人の言動によって傷つく周囲に対し、本人は、
傷つけたことは分かっているのだけれど、
相手のその深刻さや大変さを、外から見て想像できるような状態にない。
それほどまで、自分の苦しみのほうが苦しいし、つらいからなのかもしれない。

だから、身近な人への配慮の言葉を、心から口にすることができない。
周囲の人たちは、ざっくりと傷ついているのに、だ。

そこでうんざりして離れていく人はいる。
コントロールできない感情の嵐を避け、少し遠くで見守る人もいる。
そして…すぐそばで見守ってくれる人もいる。

いろんな人がいて当然だし、
離れていく人を責めたり憎んだりは決して出来ないと思う。
(それは具合が悪いときからそう思っていた)

でもね、それじゃあね、
離れていく人がいるにもかかわらず、そばから離れていかず、
更には、近くで見守って支えてくれた人たちって、なんなんだろう、って考える。

それって…
私自身と、私の病気の部分とを、
ちゃんと区別してみてくれる人だったってこと?

たぶんそうだね。うん。

昔、ある人が言ったんだ。
「それはおまえさんの病気の部分が言わせていることなんだよ」
そうか、そうなんだ、と自分で理解はできるが、
自分の脳みそのなかはコントロールできていないから、
他者からみたら、やっぱりわかっていないんだと見えるだろう。

だけど、コントロールできないのがこの病気で。
コントロールしようと思えば思うほど、自分の感情を殺したり飲み込んだりで、
ますます理屈と感情のバランスが崩れていく。
そして暴走になる。大爆発になる。

そういったコントロールを、物理的に制御しようと手伝ってくれるのが、
処方された薬だ。

しかしこの薬も、ドクターのさじ加減ひとつで効果に違いが出る。
(数種類をいくつも処方して、悪化させるケースが現在非常に多いそうで)
そして、なにより、
自分自身が「もうこんなに苦しいのはいやだ。治りたい」と、
心から思わなければ、効果は出ないのだと思う。

単純に、
薬飲んでいるから治る、ってワケでもないのは、
他のどんな病気も同じことだと思う。

回復の一歩は、薬をのむこと。
でも、それだけではどうにもならなくて、
本人が回復するための一歩を踏み出すときに、
背中を押すきっかけになってくれる人がそばにいてくれること。

変えよう変わろう変わらなくちゃ、と、本人は思っているけれど、
その最初の一歩は、とてつもなく重くて遠くて、
どうしたって楽なほうへ楽なほうへと、逃げてしまうのだ。

変化がつらいから。
変化することは、本人にとってとてもつらいから。
本人には「苦しい目の前の今」しか見えていないから、
根本的解決なんて、できないし、しないし。

もっとも、無理やり根本的解決を図ろうとしないほうがいいときもある。
無理にものごとを解決しようと試みて、逆に悪化するケースもあるから。

だけど、だけどね、
いつかは解決しなくちゃいけないときがくる。
解決しなきゃ、同じところをぐるぐるとループするばかりになるから。
いつかは、根本的な解決をせざるを得ないときがくるんだ。

その時のために、まずは苦しみを少しでも和らげて、心の体力を回復すること。
それがいちばんいいんじゃないか、って私は思う。

…いや、人によりけりだし。
方法は人の数だけあるんだけどね。私の場合はそうだったから。

そんなことを、思い出さずにはいられない出来事があったわけです…。
うん。

こうしていま、ここまで回復している自分が、
ここまでの道を振り返るようなできごとがあって、
いかに私の周囲の人たちが、苦悩しながら支えてくれてきたかと思うと、
そのあたたかい気持ちに、涙がでてきてしまう。

病気の私と、私自身を区別して接してきてくれた人に、
何度ありがとうと言っても、言い尽くせないくらい感謝しているし、
私を見守り続けてくれたすべての人にも、ありがとうと何度も言いたい。

特に相方。
この人は病気についての知識は何も知らない人だったけれど、
私自身と、病気の私とを、区別して見るのだということを、
ちゃんとしてくれる人だった。
そのことに今更だけど気付いて、相方に言ったら、
こともなげに「え、だってそうじゃん?」と、簡単に受け流された。
この人すごい、と思ったよ。本気で。

私は恵まれていたんだ。
そのことを、いま、とても強く感じずにはいられない。

相方や身内を含め、私のそばで見守ってくれたひと、
遠くで支えてくれたひと、ネットで支えてくれたひと、
すべてに、感謝します。
心から、ありがとう、って言いたい。

一生かかえていくことができるようにまで回復したのは、
たくさんの人のおかげだと、思っています。
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心から願えば [こころのこと]

ワタシの診察は現在のところ4週間おきである。
数年前に比べたら、遥かに安定していると思う。

どんなに安定していても、やっぱり病院に行く日はそれなりに気が張っていて、
「何をドクターに話すか」
と、頭のなかでまとめておく作業は、それなりに労力を要する。
なぜなら、
イヤだったこと、うれしかったことと、
それに対する自分の感情の動きを、記憶の中からひっぱってくる作業だからだ。
イヤだったことを思い出すのは、けっこうしんどいのである。
(イヤなことを思い出すのは、イヤだよね、誰だって)

だからいつも病院に行った後は、
ごほうびとして、モスのモスシェイク、もしくは甘いものを食べていた。
7年ほど前、いちばんひどい拒食のとき、
ワタシはアイスクリームしか受け付けなかった。
悩んで考えすぎて、脳みそが熱くなって、激しい頭痛に見舞われたときは、
アイスクリームを食べると不思議とラクになったからである。
その名残があるからか、
今でも脳がつらいときはアイスクリームを摂取するのがお約束で、
なかでもモスバーガーのモスシェイクのバニラがいちばん効果が高いと、
自分では感じている。(ホントだよ)

さて、アイスクリームはさておき。
先日の診察のとき、いつものように自分のことを考えていて、
はたと気付いた。

アタシ、前回の診察から今日まで、
メンタルブレイクダウンしてないじゃん!
しかも、極力服用を減らしているとはいえ、
頭痛持ちなワタシには頭痛薬が欠かせないのだが、
ここ1週間ほど頭痛薬を服用してないぞ、おい。
こっ、こりゃすげえ。

自分で自分におどろいた。
これはすごいことだ、と思ったので、もちろん主治医に報告もした。
(マジですごいことなんですよ、これ)

これ以上肝臓を傷めたくないから、できれば薬物は避けたい。
…たくさんクスリを飲んでしまった「前科」があるために、
ただでさえ弱っていた肝臓に、致命的なダメージを加えてしまったワタシ。
でも、痛みやつらさをがまんすることで、
今度は脳みそにダメージが加わるから、
やむを得ず頭痛薬を飲んでしまう。
少しでも肉体的な痛みが減れば、脳みそのダメージは減るけれど、
その代わりに肝臓や腎臓が弱っていく…。
このスパイラルに陥っている自分に、時々落ち込んだりもする。

でも、生まれたときから痛い場所が山ほどあった私には、
少しでも痛みがない日常ってのは夢のようなものだった。
痛みさえなければ、どんなにラクだろうと思い続けてきた。
だから痛みが出ると、つい薬をのんでしまう。ラクになりたくて。
その繰り返しだった。

そんなワタシなのに、
ここ一週間ほど、頭痛薬を服用していない上に、
通常の薬(2種類あります)も、時々忘れていたなんて。
(いや、医者に言わせりゃ、こっちは忘れてほしくないらしいが)

間違いなく、ものすごい進歩、なのである。

あんなにひどかったワタシでさえ、
足掛け8年になるけれど、こうやって少しずつ回復していけるのだから、
いま現在、
心がつらくて病院に通っている人も、これから行こうと考えている人も、
どうか「かならず元気になれるんだ」と、
希望を失わないでね、って思う。
時間がかかっても、自分が治りたいと願うなら、
必ず心は回復できるから。

絶望しつくしても、人間は必ず回復しようと出来るのかもしれない。


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大きな変化 [こころのこと]

まずは御礼。
前回の日記をうpして、
多くの方にメッセージやメールや電話をいただきました。
ほんとうにどうもありがとうございました。
心から感謝いたします。
とてもとても、うれしかったです。

あの人がいなくなって、それなりに悲しいのだけれど、
自分の中でひとつの大きな区切りができたと感じている。
そしてそれは、
いままで触れることも思い出すことも怖くて出来なかった記憶を、
「思い出」として、自分のなかで位置づけられるのではないか、と。

これは大きな変化だ。
自分の病気にとって、特筆すべき事項である。
ゆえに、主治医に話さなくては…というわけで、
土曜日の診察日に、オットも同席の上、話をしてきた。

頭の中でまとめて話すことは、それなりにエネルギーを要する。
冷静に話したつもりだが、時々涙があふれそうになった。
でも、病院にきているのに、涙を我慢する必要はまったくない。
だから涙が出てきても、話すのをやめなかった。
(もちろんかいつまんで話したが、いつもより少々長めの診察になった)

診察室を出たあと、しばらくぼーっとしたままだったが、
話せたことに大きな達成感があったし、
ここまで話せたことに安堵の気持ちもあった。
…とても疲れたけれど。

でも、これでよかったのだと思えた。
心から。

脳を使いすぎたワタシは、少しぼーっとしたまま会計を待っていた。
そんなワタシにオットが言った。
「じゃ、おいしいもの食べていこう」
んで、食べたのがこれ。

沼津駅に程近い場所にある「諸国屋 乙庵」の塩ラーメン。
とにかくウマい。
ホタテ入りのラーメンは根強いファンが多く、
沼津駅近くで働く人なら、ランチタイムの定番のひとつだと思う。

しかしこの店、今月末で諸事情により閉店が決まっている。
惜しむ声は多く、この日も店は満員御礼状態。
店の前にある路上のパーキングスペースには、
沼津ナンバー以外のクルマ(静岡や湘南、相模)も駐車してあった。
お客も、明らかにいつもと様相が違い、
「食べ納め」風の男性客が半分ほどという感じだった。

まだ閉店まで時間はあるので、今月あと何回か行くつもり。
もちろんオットくんと。

さて。
食べ終わった我々は、今度は映画のために隣の富士市へ。
「新世紀ヱヴァンゲリヲン・序」を見にいったのだ。

しかし富士は、ワタシにとってかなりの試練の場。
恐怖との闘いがある。
なぜなら…あの人の地元だからだ。

今まで幾度となく、意識していないのに激しい頭痛に襲われ続けてきた。
出張で新幹線に乗り、関西方面に向かうときなどは、
恐怖で叫びそうになるほどつらかった。
(あの人の家は、新幹線から見える場所にある)
しかし回復するにつれ、激しい恐怖感に襲われなくなったが、
その代わりに、
無意識下での緊張があるのか、
どうしても突発的な頭痛や悪寒や震えがやってくるようになった。

だから、富士に行くというのは相当な試練なのだ。

だけど、
「自分の見たい映画のために行こうと出来る」のだから、
これはとても大きな変化なのである。

もちろん隣にオットがいるから、安心もあるのだが、
自分でも不思議なくらい、内面での変化を感じた。
今までこんなことなんて、ありえなかったのだから。

ある方から、今回の件を「人生の宝もの」だと言われた。
まさしくその通りだと思う。
苦しさも悲しさや憎しみや恨みばかりが、自分の中で先行していたが、
いま自分の中では、間違いなく「思い出」になりつつある。
苦しかったけれど、それは思い出。
だから…
ワタシはすばらしい経験をしたのだ、と。
そう心から思える日も近い気がする。

ワタシはきっと大丈夫。
きっと大丈夫だと、思う。
もちろんワタシひとりだけの力ではなく、
たくさんのともだちや、何よりオットが支えてくれるからこそ、
大丈夫な自分になれるのだ、と。

いま、そう思っている自分がここにいる。


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日進月歩でも [こころのこと]

私たちの入居しているアパートは、
全員いわゆる「新婚さん」で入居してきて、ほぼ同年代。
(ちなみに、アタシがイチバン年上だと最近判明)

新婚さんでやってきたから、
とーぜん次に予想されたのが、「出産」だ。

案の定、わたしたちの真上のふたりに、子どもが生まれた。
どうやら女の子らしい。
おなかの大きな上階の住人を時々みかけていたので、
生まれてからのことを考えると、
日々ワタシには恐怖がつきまとっていた。
(夜泣きもするだろうし、どうしよう…とかね)

ワタシは、子どもの泣き声が苦手。
それも、生まれたばかりの子どもの泣き声。

その理由は、過去の記憶に引っ張られるのが怖いから。
こわかった記憶を思い出すから。
婦人科でのこわかった記憶を、また引き出されてしまうかもしれないから。

しかし、確かに生まれたらしいことはわかったのだが、
真上の部屋からはなぜか声がきこえない。
ここの夫婦のクルマにチャイルドシートが装着されているから、
確かに生まれているはずなのだが、声が聞こえない。
それはこの建物の気密性の高さのせいだろうか。
でも正直、助かった、と思った。
申し訳ないけれど、夜泣きをされたら、
不安定なときのワタシにはクリティカルヒットになること間違いない。

ところが、今日の夕方のこと。
外出から帰宅して、いったん換気をしようと窓を開けたところ、
どこからともなくネコの鳴き声がする。
ああ、またネコがきてるかな?と思っていたが、どうも微妙に違う。

よくよく聞いてみると、それは人間の子どもの泣き声らしかった。

ベランダの真上あたりから聞こえてくるのは、か細く泣く声。
ワタシの想像していたような、
おシリに火のついたような、激しい泣き声ではなかった。

もしかして…
最近、よくネコがきてるなあと思っていたのは、
上の階の赤ん坊の泣き声だったのか?

だとしたら。
ワタシ、赤ん坊の泣き声に、少しだけ免疫ができてきたってことかしら。
そりゃあね、まだ、激しく泣く声に平気でいられる自身はないけれど、
あのくらいだったら…大丈夫かな、と思えた。

歩みは遅くても、少しずつ心が回復してきているのかもしれない。
素直に、うれしいと思えた瞬間だった。

明けない夜はない。きっと朝はくる。
そう自分にも、他人にも、いいきかせてきたけれど、
「ほんとうに夜は明けるのか?」と、迷いながらの日々だった。
おそらくは、これから先も、まだ迷い続けることだろう。
だけど…
わずかでも変化があるのなら、それをよしとしよう。

ほんの小さなことだけど、とてもうれしかった今日の出来事だった。


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彼の手は魔法の手 [こころのこと]

私は、過去に妻子のある人とつきあっていたことがある。

その人は、父親の介護に疲れていた。
気が強く、弟を溺愛する母親と、
教師をしている妻と、三人の娘と暮らしていて、
自分の時間を持てないことを嘆いている人だった。

もちろん私とその人は、一線を越えたおつきあいだった。

だが、おきまりのパターンで、
その人は家族のもとへもどっていった。
きっかけは、介護施設に入っていた父親の死だった。

その人とのことは、オットくんに話してある。
(つーか、オットは過去の私の男性遍歴、すべて知った上で結婚した)
私の心が壊れるきっかけのひとつになった相手でもあり、
そして、オットくんと同じ職業の人で、同じ職場にいたこともあった人だから。

その人は私を愛していると言った。
何度も何度も、私を愛していると言った。
クサレ縁のオトコから離れ、すっかり女としての自信をなくしていた私は、
その人の愛情で再び人を好きになる力を持てた。
女として愛されることのうれしさを知り、
はくことのできなくなっていたスカートを、もう一度はくことが出来た。
愛されることで、心が満たされるよろこびも知った。

だから、その人と離れたとき、
既に壊れかけ始めていた心に、またひとつ大きなダメージが加わった。
その人は、何の説明もなく突然私を置き去りにしていったので、
私は、置きざりにされることに
異常なまでの恐怖感を持つようになった。
(あとで、その理由を知ることはできたけれど)

その人の住む街は、富士市という。
静岡県のまんなかより、東寄り。
製紙業の盛んな街だ。

仕事をしているとき、京都名古屋に行くためには、
この街を通過しなくてはならなかった。
しかもこの人の自宅は、新幹線沿いにあり、イヤでも目に入る場所にある。
だから、新幹線に乗って三島から西方向へ出張することは恐怖との闘いだった。
からだじゅうに力が入り、冷や汗が出て、
激しい頭痛と吐き気に悩まされた、
弱っているときは、どんなに薬をあらかじめ服用しても、
震えがとまらず、叫び声をあげてしまいそうになるのを必死でこらえた。
いちばんひどい状態は過ぎていたにもかかわらず、
まだ過去の記憶に苦しむ私だった。

そんな状態が、最近少し改善されつつあるらしい。

仕事をやめ、新幹線で西方向へ向かうことは減ったが、
それでも時々乗らざるを得ないことはある。
そのほかにも、先日のように、
オットくんのおともで、野球大会に行くこともある。
極力富士川を渡って出かけることを避けているが、
やむをえない場合は、日常で時々遭遇する。

そんなとき、いつも迷うのだが、
最近は以前ほどひどい身体症状も減り、せいぜい激しい頭痛程度で済むようになった。

これは劇的な進歩だといえよう。

もちろんこれは、オットくんの協力なしには
成し得なかったことでもある。
なぜなら、クルマでも新幹線でも、
一緒に静岡(市)方面に出かけなくてはならないときは、
通過するとき、必ず私の手を握っていてくれるからだ。

一度たりとも欠かすことなく、オットくんは手を握っていてくれる。
言葉で何かを発するわけではないが、
痛いほど強く握る手は、私に確かな安心感を与え、
恐怖に負けそうになる心を支えてくれるかのように感じられる。

だから私は、
最近、なんとか富士川を渡ることができるようになったのかもしれない。
ひとりで通過できるなんて、しんじられないことだけど。

今日もひとりで新幹線に乗って、通過することができた。
頭はやっぱり痛くなるけど、
でもちゃんと、家に帰って来ることができた。

がんばった自分に拍手。
バカみたいだと笑われてもいい。私はがんばったんだ。
魔法の手のおかげで、がんばれたんだ。

オットくんが帰ってきたら、ありがとうと伝えよう。
心から、ありがとうと言おう。


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パズルを拾うように [こころのこと]

いまお世話になっている病院が、本院の近くでやっている施設がある。

デイケアや相談や家族の支援のための施設で、

かつて病棟看護婦だった人がいたり、さまざまなケースに対応している。

私は先日、そこを紹介され、相談をしにいった。

そのあと、オットくんも相談に行った。

話せる場があるということは、こんなにもラクになれるものかと、

ふたりでしみじみ感じあった。

 

つい数日前も、切羽詰った私たちは、ふたりでそこを訪れた。

私は部屋に入らず、彼のみ相談というカタチをとった。

 

そこで出会った、初老の女性。施設の職員だ。

しかしどこかで見たことがある。 …どこだろう。だれだろう

勇気を出して、声をかけてみると…かつて私の主治医だったY先生に付いて、

病棟の担当をしていたNsだった。

 

Y先生はY先生として、いつまでもひきずって、

いまのドクター比較ばかりしては、意味がないのだが、

Y先生を知っている人に出会えると、やはり私は心が安心してしまう。

涙があふれてきて、止まらなくなってしまった。

 

彼女は、この病院時代のY先生のお話を、いくつか聞かせてくれた。

私は、Y先生との最後の日の話をした。

すると彼女が少しおどろいたように言った。

「握手までしたのは、あなただけだったかもしれませんね」

Y先生のポリシーからして、患者と握手までして励ますことは少ないという。

でも、私は握手をしてもらった。これはかなり珍しいことらしい。

 

まるでパズルの断片を拾い集めるように、

Y先生の記憶を拾ってしまう私。


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つながっていること [こころのこと]

私は脳みそ系(by藤臣柊子氏)の薬を飲んでいる。
だから、いろいろタブーもあるし、気をつけて暮らす必要もあったりする。

そのタブーのひとつに「死」というキーワードがある。

いちばんひどい状態だったとき、私は処方された薬やらいろいろを
山ほど飲んでしまった。
「ねむりたい」ただそれだけの理由だった。
しかし、「ねむりたい」=「しにたい」ではない。
考えることが止まらなくなってしまったのを、とめたかっただけである。
そんなことがあって、私のなかでは生と死のハードルが低い。
引っ張られる要素がそろえば、そちら側に簡単に引っ張られてしまうのである。

その要素が、つい先日揃ってしまった。
既死念慮が強くなり、脳のなかは恐怖や哀しみやむなしさや苦しさでいっぱいだった。

そんな私をつなぎとめたのは…ネットの友だちだった。

「ここではつながっているから」と、
あるSNSのとある人のところに行ってそれを実感した。
もちろんその中には、リアルの友達もふくまれているが、
すくなくともその時点では、ネットやメールでしか接触はないわけなのである。

ネットの力はやっぱりすごい。
つながっていることが、また私を救ってくれた。


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